美容師になる方法なんて、何一つ知りませんでした。
それでも私は、
「俺は美容師になる。」
その想いだけは誰よりも強く、根拠のない自信だけを胸に、周りへ言いふらしていました。
今思えば、その姿を見かねたのでしょう。
親友の一人が、私の話をご家族にしてくれたのだと思います。
すると、そのお母様が声を掛けてくださいました。
「そんなに美容師になりたいなら、うちの店に来なさい。社長には私から話をしておくから。」
この一言が、私の人生を大きく動かしました。
今振り返ると、本当に人とのご縁に恵まれていたのだと心から思います。
入社してしばらく経ったある日、社長から聞かれました。
「美容学校どうする?どっち行く?」
その瞬間、私は初めて気付きます。
「……そっか。美容師免許が欲しいっすね!」
今では考えられない話ですが、当時の私は美容師になることしか考えておらず、美容学校へ通って国家試験を受けるということさえ知りませんでした。
学校選びも実に単純です。
「家から近い方がいい。」
「東京は……なんか無理。」
そんな理由だけで、県立の通信制美容学校を選びました。
そして迎えた国家試験当日。
実技には、正直かなり自信がありました。
筆記も好きな分野だったので、「きっと大丈夫だろう」と思っていました。
ところが、一つだけ納得できないことがありました。
試験では、器具を落とした後に、
「消毒しました!」
と声に出して申告する決まりがありました。
周りの受験生は、みんな当たり前のように申告しています。
でも当時の私は、
「いや、実際には消毒してないのに、『消毒しました』って言うのは、おかしくない?」
と本気で思っていました。
だから私は、その申告をしませんでした。
結果は──
不合格。
今なら、その理由がよく分かります。
国家試験で見られていたのは、技術だけではありませんでした。
決められた手順を正しく守れるか。
お客様の安全を守るための行動が、自然にできるか。
その姿勢そのものが評価されていたのです。
まさに、
「郷に入っては郷に従え。」
ということでした。
二度目の試験では、手順通りに、
「消毒しました!」
と元気よく申告。
無事、美容師免許を取得することができました。
美容師免許を手にしたことで、ようやく私は本当の意味で美容師としてのスタートラインに立つことができました。
……とはいえ、この頃の私は、まだ美容師という仕事の本当の奥深さを何も分かっていなかったのです。